小児がんとコロナワクチン
小児がんとコロナワクチン
愛知県がんセンター名誉総長 大野 竜三先生
東京オリンピック・パラリンピックを目前にして、政府がワクチンの接種を急速に推進しているにもかかわらず、4回目の緊急事態宣言が発令されている東京を中心に、新型コロナウイルス感染者が増え続けており、第5波襲来の懸念が現実となりつつあります。
がん患者とコロナワクチン
最近の感染者を分析しますと、そのほとんどが20代を中心に30代~40代のワクチン未接種の若年層であり、同時に、これまで比較的少ないとされてきた小児にも感染が拡がっていることが懸念されています。これは、感染力が従来株の1.8 ~2倍ほど強い、インドで最初に見つかったデルタ変異株が流行していることが原因です。
変異株の病毒性、言い換えれば感染すると重症になりやすいか否かに関しては、はっきりとした結論は出ていないようです。従来株の感染においては、がん患者の感染率は、健常人とほぼ同じか、ほんの少しだけ高い程度であったものの、一旦感染すると重症化しやすいことがよく知られています。とりわけ、強力な抗がん剤治療を行う白血病などの血液がん患者においては、他のがん患者以上に重症化し、死亡率も高いことが報告されていますから、がん患者は、とにかく感染しないように細心の注意が必要です。
未だ有効な治療薬の開発されていない新型コロナウイルス感染症において、一番重要なことは、なにはともあれウイルスに感染しないことです。そのためには、ワクチン接種が最も確実で信頼できる予防手段とされています。
ファイザー社製ワクチンとモデルナ社製ワクチン(mRNA)の効果
医師は感染症の歴史を学び、エドワード・ジェンナーの牛痘から始まり、ついには地球上から天然痘を駆逐したワクチンの成功例を熟知しています。いまだ治療薬のない新型コロナウイルス感染症においても、ワクチンの重要性を認識しており、ごく一部の医師を除き、自らも積極的にワクチンを接種し、かつ、他人にも接種を推奨しています。
ごく一部のワクチン接種反対者の根拠は、ワクチンの長期的安全性に関する懸念です。現在、日本で接種されているファイザー社製ワクチンとモデルナ社製ワクチンは、これまで人類で一度も実用化されたことのなかったmRNA(メッセンジャーRNA)を用いた新型ワクチンです。人類に対して使い始めて、まだ1年と少ししか経過していませんから、今後の長期的安全性については、誰も知らない未知の領域なのは確かです。
しかし、mRNAワクチンは、理論的にも、有用かつ強力なワクチンです。新型コロナウイルスの表面にあって、ヒトの粘膜細胞内に侵入するためになくてはならない突起(スパイク蛋白質)を作る遺伝情報を持ったmRNA を脂質ナノ粒子に包んで注射して、ヒト細胞内にとりこませ、細胞内でスパイク蛋白のみを作らせたのち、体内の免疫機構を利用して新型コロナウイルスに対する抗体を産生させます。
mRNAをそのまま注射しますと、ヒト細胞内にとりこまれるよりも前に、すぐ壊されてしまいますから、これまでなかなか実用化できなかったのですが、適切な脂質ナノ粒子で包むことにより、ヒト細胞内にうまくとりこまれるようになったのです。
ですから、もともと不安定であるmRNAが長く体内に留まって作用を発揮することは、理論的にはありえないことですから、長期的な作用はみられないだろうと考えられています。ただし、実際にそうであるかは、まだ誰も知らないのも事実です。
小児白血病とコロナワクチン
小児がん、とりわけ小児のがんの中で一番多い白血病は、完治させることが可能ながんではありますが、完治を目指すには、かなり強力な化学療法が必須であり、かつ完全寛解になっても、約2年の維持化学療法が必要です。
化学療法後には、白血球が減少し感染症を起こしやすくなることは、ご存知のことと思います。白血球減少時には、白血球の約3割を占めているリンパ球も同時に減少します。リンパ球は重要な免疫担当細胞ですから、化学療法後の白血球減少時には、患者さんは免疫不全状態になっています。
このような状態のとき、運悪く新型コロナウイルスに感染しますと、容易に重症化することになり、実際、感染した血液がん患者さんの死亡率は跳びぬけて高いことが報告されています。
まだ承認されてはいませんが、既に新型コロナウイルスに対する中和抗体製剤が作られており、これを注射することにより、免疫不全状態の患者さんの感染を予防したり、重症化を防いだりする効果を示しています。ただし、悪性リンパ腫に多用されている抗体製剤であるリツキサンほどには、特効薬的効果はみられていません。
したがって、有効な治療薬のない現状においては、ワクチンを接種し、感染を防ぐのが最善の方法です。
子供が新型コロナウイルスに感染しにくいのは
すでに、米国などでは、12歳以上の若年者を対象としたmRNAワクチンの臨床研究によって得られた有効性と安全性に基づき、12歳以上を対象としたワクチン接種が開始されています。我が国でも、配布されたワクチン量に余裕のある一部の自治体では、この年齢層へのワクチン接種が始まったと報道されています。
小児が新型コロナウイルスに感染しにくいのは、このウイルスがヒトの粘膜細胞内に侵入する際に、その表面の突起(スパイク蛋白)と結合して細胞内に取り込む、アンギオテンシン変換酵素2(ACE2)という酵素が少ないためであるとされています。この酵素は加齢と共に増加して、高血圧を引き起こす原因の一つとされており、ACE2の作用を阻害したり、その受容体をブロックしたりする薬が降圧剤として広く用いられています。
小児が新型コロナウイルスに感染した場合でも、全体に症状は軽く、重症例は5%、重篤例は1%程度とされています。初発症状は成人と同様であるものの 成人に比べて頻度は低く、発熱は43%、咳は43%、多呼吸・息切れは13%程度であり、呼吸困難や呼吸窮迫症候群の合併は稀ですが、消化器症状は成人と比べて多く、下痢が7%程度あると報告されています。
しかしながら、わが国ではほとんど報告されていないものの、感染者数が圧倒的に多い欧米では、小児感染者に川崎病類似の重症疾患が報告されていますから、小児も決して油断することなく、万全の予防対策を講ずるべきです。
コロナワクチンの副作用
日本人でのコロナワクチンの副反応は、接種部の筋肉痛が1回目90%、2回目90%、倦怠感が各々23%、69%、頭痛が21%、53%、発熱が3%、36%、下痢 が1.1%、1.7%、接種側の腋下リンパ節腫大が0.1%、1.0%、じんましんが0.3%、0.4%程度みられています。重篤な副作用としては、アナフィラキシーが100万回に7件報告されていますが死亡例はなく、さらに心筋・心膜炎も100万回に0.7件ほどが報告されています。
副反応は、1回目よりも2回目の方が多くみられますが、2回目は1回目で獲得された免疫に対する免疫反応がおきているのが理由とされています。女性に出やすい傾向があり、事実、アナフィラキシーは、ほとんどが若中年の女性にみられています。アレルギー体質の人には強く出て、逆に免疫能の衰えた高齢者には弱く出ているようです。
重篤な副作用であるアナフィラキシーは、mRNA製剤に含まれているポリエチレングリコール(PEG)に反応して起きていることが多く、過去にPEG製品にアレルギーのあった人は要注意です。過去にアナフィラキシーを経験した人や、強いアレルギー体質の人は、万一アナフィラキシーがおきても緊急対応のできる病院で接種することが望まれます。
アストラゼネカ社製やジョンソン&ジョンソン社製のワクチン
わが国では使用されていませんが、ウイルスベクターを用いたアストラゼネカ社製やジョンソン&ジョンソン社製のワクチンでは、脳内の静脈洞などに血栓がおきる重篤な血小板減少症を伴う血栓症が1万回~10万回に1件程度報告されています。現在の緊急事態では、ワクチン接種のメリットが明らかに優っていることから、やむを得ない副作用とされていますが、将来的に使用され続けられるかどうかは、今後の臨床研究結果次第ではないかと考えています。
小児がん患者のワクチン接種による効果
ワクチン接種により、がんの病状や合併症が悪化することは、理論的にもありえません。小児がん患者さんは、順番がきましたら、積極的に接種されることをお勧めします。
化学療法や移植後の免疫抑制剤を使用している場合には、抗体産生が十分期待できないかもしれませんが、重症化を防ぐことができる可能性は十分に期待できます。主治医と相談しつつ、なるべく化学療法薬や免疫抑制剤の影響を受けない最適なタイミングを見計らって接種を受けてください。2回目の投与間隔は通常3週間に設定されていますが、数週間遅れても全く問題ありません。
可能であれば、2回目接種のひと月くらい後に、抗体ができているかを検査し、もし不十分であれば、3回目を接種して、ブースター効果を狙ってください。
上述のごとく、mRNAワクチンの長期毒性に関しては未知な部分があるのは確かですが、小児がん患者さんは感染すれば重症化することは目に見えていますから、ぜひ、接種されることをお勧めします。
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